2009年10月23日

大声

 脳の本を買って電車の中で読んでいるんだけど、昨日は加藤和彦の事が知りたくて、週刊新潮と週刊文春を買ってしまった。今日はバスを待つ間本屋に寄ったら、読んだことのない東海林さだおの文庫本があったので買ってしまった。

 まったく読む本に脈絡がない。



 しかし思うんだけど、どうして最近の若い人は、公衆の面前、人のいる場所で大声で喋るんだろうか。大声で笑うんだろうか。

 「最近の若い奴らは」という言い方は、年寄りのワンパターンだというけれど、これは違うと思う。

 以前は、そういう若い人はあまりいなかったと思う。まあ、おじさんおばさんだって公共の場で大声で話しているじゃないかと言われれば、そういうこともあるけど。

 でも、少なくとも「大学生」は、今よりずっと寡黙だった。

 夜の街で酔っ払って大声出す大学生はいたけど、昼間は寡黙だった。

 さらにはっきり言えば「思考」している人は寡黙だった。

 そして大学生は常に「思考」していた。それは「悩み」だったのかもしれないけど。

 元気があるということと、うるさいと言うことは全く違う。



 人がいるところで大声で話すものではないということは、「常識」あるいは「マナー」の問題だ。何故かと説明しようとすれば、それは理屈は言えるけど、そういう常識の無い人に理屈を言っても理解できないだろう。習慣化した肉体で理解出来ない。

 それはおかしいと言うときには言うけれど、正直、はり倒したい。

 でも暴力はいけないな、なにがあっても。

 しかし、20過ぎまでそうやって育ってきてしまった人間に、話して通じるものだろうか?

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2009年10月22日

疲れる

 疲れきっている。

 もう、心も体もがたがた。

 勝間和代や茂木健一郎や齊藤孝のように元気になれない。ポジティブになれない。

 断る力を持ったり自転車で買物に行ったりしないからだろうか。あらゆる事を脳に結びつけて考えたり思い出したようにシューベルトを聴いたりしないからだろうか。声を出して本を読んだり1分間で大切なことを伝えたりしないからだろうか。

 勝間和代の本を読んだり茂木健一郎の本を読んだり齊藤孝の本を読んだりしないからだろうか。これらの人がテレビに出てくるとチャンネルを変えてしまうからだろうか。

 あまりに疲れていて、電車の中でも車の中でも、目をつぶるとそのまま眠ってしまっている。




 夢を見た。

 僕は何かの面接の面接官をしている。何の面接かは分からない。

「はい、次の方どうぞ」

 一人の男の人が入ってくる。

 その男は、腰から下にジャワ更紗のような大きな布を巻いて、足は裸足で、黒い半袖のTシャツのようなものを着ている。

 何の面接かは定かではないのだけれど、ミュージカル「南太平洋」のリメーク版のオーディションとか、アジアンキッチンのスタッフの面接ではない限り、まあ普通ではない。面接にこういう格好で来るということ自体理解出来ない。

 話をしているうちに、その男が「私は宇宙人の存在は信じます」と言った。

 僕はうーんと考えてから「僕は信じませんね」と言った。

 その男はみるみる血相を変え「絶対に宇宙人はいるんです」と言う。

 そう言われるとこっちもいないと思っているんだから「いないと思います」と答える。



 僕と一緒に面接をしているもう一人の面接官が、隣から「あまりそういう事に話を持って行かない方が良いんじゃないの」と困ったように言う。

 僕も困ったなあと思いつつ、その不思議な男とにらみ合っている。


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2009年10月21日

チョッキ

 ダイヤ型の格子のチョッキが好きだ。

 できたら、赤と白の互い違いの色になっているやつが。

 スーパーでそういうチョッキを着ている奥さんかなんかがいると、その後をついて行きたくなるほどだ。



 そういう奥さんがいたので、僕はその後をついて行く。スーパーを出て並木通りを抜け住宅地に入っていく。

 僕はチョッキが好きなのだから、僕の関心は奥さんではなく、あくまでそのチョッキだ。

 奥さんの家の玄関先で、僕はドアの鍵を開けようとしている奥さんの背後から声をかける。

 「そのチョッキ、素敵ですねえ。僕はそういうの大好きです」

 奥さんは、「あら、そうですか、とても嬉しいですわ」と言ってくれるかと思ったら、はっと驚いたように僕を振り返り、「あ、あなたは誰ですか?」と震える声で言う。

 「僕は、そういうチョッキが大好きなんです」と僕は、そのチョッキを見つめながら言う。

 奥さんは「キャーッ!」という大声を上げる。そんな声出さなくてもいいのに。

 何だ何だと、隣のおじさんが顔を出す「奥さん! どうしたんですか!」

 「あ、あやしい人がっ! 変な人がいるんですう!」奥さんはなおも叫ぶ。

 あちこちから人が出てきて揉み合いになる。そのうちパトカーが到着して、僕は警官に羽交い締めさされる。

 「何もしてません! 何も悪いことはしてません!」と僕は言うんだけど、両側からガッシリと警官に抱えられたまま、僕はパトカーの後部座席に乗せられてしまった。



 警察署について取り調べ室で、僕は警官にいろいろ聞かれる。

 「それで、あんたはなんであの奥さんについて行ったわけ。あんた、自分のやったことがわかってくるの?」 警官が言う。

 「僕はあのダイヤの格子のチョッキが好きだったから、ついて行ったんです」僕は答える。

 警官「それがおかしいのよ。普通そんなことしないでしょ。あんた、何か悪いこと企んで居たんじゃないの?」

 僕「何も悪いことなんか考えていません。僕が好きなのは、あのチョッキだけです。あそこで見失ったら、こんどいつ見ることができるかわからないから、ついて行ってしまったんです」

 警官「ほら、それがおかしいのよ。そんなに見たいんなら、自分で買えばいいじゃない。そうしたらいつだってみられるでしょ」

 僕「でも、ああいうチョッキって、そんなに売ってないんです。ピカソが絵に描いてるけど」

 警官「ピカソなんかどうでもいいの! あんたは犯罪を犯してるんだよ!」

 僕「僕は犯罪なんかおかしてません・・・(泣く)」



 そこへダイヤの格子のチョッキをピチピチに着た、屈強な警官が部屋に入ってくる。

 別の警官「ほら、あんたの好きなのってこれかい」

 僕「ああ、それです。それです」

 僕はその陶然とした目をしてその屈強な警官にしがみつく。

 警官と別の警官「うーん。少なくとも普通の犯罪者ではなさそうだなあ」


 やっとわかってもらえたようだ。

 

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叫び 加藤和彦 自民党

 午前3時に自分で「ギャー!」と叫んで目が覚めた。

 日本刀で正面から突き刺される夢をみて叫んでしまった。あまりに大きな声だったから、ご近所にも聞こえたかも知れない。「何かあったみたいです」とかいって、110番されてしまうかもしれない。

 いつも、死ぬ時がきたら、全てをあきらめて黙って死んでいこう、と思っているけど、そういうわけには行かないかも知れない。

 臨死体験を「研究」したキュブラー・ロスは、物静かに死に対して対峙していて、静かに死んでいくと言っていたけど、いざ自分に死期が訪れたら、ものすごく取り乱してみっともなかったそうだ。

 せめて僕は、「知人の女性」に電話でさりげなく告げて、ちゃんと印刷した遺書を用意して、だまって首を吊って死んでいこう。

 日本刀で刺されたら「ギャー!」と叫んでしまうかも知れないけど、自分で浴室で首を吊るなら「ギャー!」とは叫ばないだろう。



 一度帝国ホテルの喫茶室で、加藤和彦に出会ったことがある。やたら背が高くて、見たこともないような不思議なパンツをはいていて、老成して「おじいさん」のようだった。

 好きな人だった。サディスティック・ミカ・バンドは理解出来なかったけれど。




 自民党は、あっという間に「野党」になってしまった。

 それにしても自民党の総裁を谷垣さんにしたのは、間違いだったのではないだろうか。

 自民党というのは、好き嫌いを別にしても、とにかくしぶとく力があった。

 この人がダメなら、この人をというように、次から次に人材がでてきた。悪い奴も多かったけれど。

 総選挙の敗北は、せっかく自民党を立て直す機会だったのに、よりにもよって谷垣さんの「みんなでやろうぜ」では、すべて自民党の内輪の事情の問題で、みんながなんで自民党を支持しなかったのかという事への答えになっていない。

 自民党が再び民主党と拮抗する力を持つのに10年かかるとか言われているけど、総裁に谷垣さんがなったことでさらに10年遅れたのではないだろうか。

 「あ、これはもうだめだ」と国民に知らしめたようなものだと思う。

 とにかく、何の魅力もエネルギーも感じられない。

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2009年10月20日

ラーメン 香山リカ

 久しぶりに本屋に行った。

 前に買った池田晶子の本が、どうにも読み続けられない。

 つまらないというのではなく、重すぎて読めない。生きると言うことは何か、死ぬと言うことは何か。そういう事を考えるというのはわかるし、自分でいつも考えているが、池田晶子の意見を聞くのはつらい。

 まあ、ここに座りなさい。私が生きることと死ぬことについて、話をしてあげます、と言われてもそこに座っていること自体がつらい。



 本屋では、ラーメン本2冊と「今評判のうまい店600店2010年版」と脳の本を買った。

 「今評判の・・・」は毎年買っている。ベッドの中で夜寝る前に読もう。だけど、新しい店が次々に出来ていて紹介されているんだけど、そういう所には、あまり行く気がしない。

 脳の本は、茂木健一郎の本ではない。ましてや苫米地英人の本ではない。あのお二人の本は読まないと決めている。読んだこともないけど。

 ついでに言えば、齊藤孝の本も読まないと決めている。

 まともな学者や物書きが大量の本を書けるわけがない。何か大量に書けるシステムがあるとしてもそうやって本を出すという事が、正常とは思えない。なにかおかしい。

 というわけで、香山リカもおかしいと思っていたんだけど、勝間和代と香山リカの対談を読んで、香山リカはまともな感覚を持っている人だと思った。まあ、相対的なものかも知れないけど。

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2009年10月18日

正論

 勝間和代と村上世彰は似ている。

 理屈は確かにあっているという、その「正論」において。

 自信が表情に出ているというその程度において。

 圧倒的に支持する人がいる一方、なにか違うと感じている人がいるということにおいて。

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2009年10月17日

朝のテレビ

 朝、いつもの癖で日本テレビをつけたら、元巨人の宮本が出ていた。

 嫌だったので新聞のテレビ欄を見て、面白そうなのでTBSに変えたら、大橋巨泉が出ていた。

 嫌だったのでNHKに変えたら、ハンセン氏病患者の生活の話をやっていた。

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2009年10月16日

空間感覚

 なんで車をぶつけたのだろうと考えた。

 いつも家のカーポートを左折して出るのだけれど、大丈夫、余裕あると思って曲がったら、ぶつかってしまった。自信満々で曲がったのだけれど。

 毎日のようにやっている事をしたのだけれど、出来なかった。

 これは、空間感覚が衰えたのだと思う。角が歩を飛び越しちゃうみたいな、錯覚というようなものではない。

 決まり文句のような歌謡曲のフレーズを「いいなあ」なんて思うのも、空間感覚の衰えかもしれない。

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2009年10月15日

 車をぶつけた。

 ぶつかるところをサイドミラーで見ていた。

 車体がへこんでいく音を聞いていた。

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他人のままで

 他人のままでいられたら よかったものを もうおそい 

 光るのは指輪だろうか まぶしくて顔をそむけた

 遅すぎた恋だから 命をかけてくつがえす

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2009年10月14日

砂屋

 夢を見た。

 通りを歩いていると、向こうから、古いたらいや、火鉢や、いろんな家財道具をかかえた人が歩いてくる。

 みんな古いけど価値のありそうなもので、何があったんだろうと思う。

 よく知っている画廊の女主人と出会ったので、何があったのか聞いてみる。



 向こうに古い家があるのだけれど、水道管がもう壊れて使えなくなり、家を改築するのだという。その家は江戸時代のもので、江戸時代の水道管だから壊れてしまったのだという。

 そこの家の人は、家をもう改築するから、中の家財はみんな欲しい人にあげると言っているのだそうだ。

 僕もその家に行ってみることにした。

 そこは「砂屋」という商家で、何を売っていたのかはわからない。でも京都の町屋風の建物で、間口は狭いけど奥行きは相当ありそうだ。

 僕も何か欲しいと思ったけれど、来たのが遅かったようで、家の中には何も残っていない。とても残念だった。

 家の中に入ると、すぐコンクリートの床のようになっていて、それがなだらかに上の方につながっている。

 それを這い上るように上がっていくと、三階の高さまで来てしまった。



 そうか、この家の人は、古道具を処分するとお金がかかるから、ただでみんなに持って行って貰ったのだ。みんな古いものだから喜んで持って行って、すっかり家の中が片付いてしまった。頭がいいなあと思う。



 しばらくしてその家を通りかかってみると、いつの間にかそこは、とんこつラーメンの店になっていた。

 3人の屈強な男達が働いていた。

 その3人は、みんなランニングシャツを着ているのだけれど、太い二の腕にみんな大きな入れ墨をしていた。

 その入れ墨は、大きく滲んでしまっていて、何が描いてあるかわからないような、黒い染みのかたまりのように見える。

 僕はとんこつラーメンは好きだけど、この店に入るのは何か怖いような気がして躊躇している。

 

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2009年10月13日

好きになってはいけないならば

 昨夜多めに薬を飲んだせいだろう。今日一日、異常に眠かった。

 仕事の帰り、道路が渋滞で、停まっているとどうにも眠くなり、何度も寝てしまった。恐ろしい。

 怖いから有料道路を降りたのだけれど、一般道も渋滞で、ここでも気が付かないうちに、瞬間的に何度も眠ってしまっていた。

 コンビニで何か飲むか食べるかしようと思ったのだけれど、コンビニが無い。

 標識で「戸塚」とあったので、途中でそちらに曲がったら、細い道だけど、どんどん走るから眠気がなんとかなくなった。

 そしてセブンイレブンでアイスクリームを買って食べた。



 眠いときは、どうやっても我慢できない。

 居眠り運転というのがよるわかる。



 仕事をしながらCDを聴いていたら

 「好きになっては いけないならば なんで逢わせた こうまでさせた」

 という歌詞が出てきた。

 こういう歌詞はいい。

 「逢わせた」の主語がよく分からないし、「こうまで」の「こう」が何を指しているかもよく分からないけど。

 理由もなく仕事の調子がでる。

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2009年10月12日

左手

 夢を見た。

 作品を作るため必要になったのだろう、僕は自分の左手を肘から切り落とし、塗料を塗っている。

 (どうやって左手をもっているのか不思議だけど・・・)

 ハケで塗料を塗ると、染みこむところとはじくところがあり、均一な色に塗れなくて困っている。

 誰か来たので、僕はその左手をバケツのようなものに入れて立ち上がる。僕の左腕は肘から先がない。

 バケツの中には、薄茶色に染まって少し小さくなった僕の左手が入っている。



 「食べ物をもってきました」と男の人が大きな皿のようなものを差し出す。「おいしいウニがありますよ」

 しかし、皿の上にはたくさんの小さな食べ物がならんでいるけど、どれがウニなのか分からない。

 「これがウニです」と指さして男が言う。僕は細長い紡錘状のそれをつまんで食べた。確かにウニの味がする。



 僕はまた制作に取りかかる。

 瓶に入った砂に水を混ぜて練ろうとしたが、間違ったものを混ぜてしまったようで、砂がボロボロに固まってしまった。しかもそれは砂ではなくて、大理石の粉末のようだった。色が白くてキラキラしたものが、瓶の中で盛り上がっている。

 あわてて周りを見ると、いろいろな入れ物に透明の液体が入っている。どれが水なのだろう。

 瓶を傾けるとゆったりと流れる粘度の高いものがある。これはなんだろう。

 サラサラした水のようなものがある。これはシンナーかもしれない。


 どれが水なのかわからず、僕は困ってしまう。

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池田晶子

 池田晶子と書いたが、たまたま池田晶子の本を読んでいたのでそう書いたのであって、他の部分は池田晶子の書くことに僕は共感し同意する。

 しかし、「知」と「娯楽」が同居するのは、難しい。

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自殺

 池田晶子は、自殺はよくないと言う。冷静にその理由を言う。

 しかしそれは、海岸の高い崖から飛び降りている人を眺めながら、その海の見える気の利いたホテルのカフェで、お洒落してアールグレイかなんか飲みながら、その人の飛び降りた理由を語り合うようなものだ。

 そして、その人が岩場に叩きつけられたのを見て、精神の弱い人はしょうがないわね、と言って、お紅茶を飲みながら、ほかの話を続けるだろう。

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2009年10月11日

トランプ

 一枚の裏返しのトランプがある。

 それがハートなのかスペードなのか、ひっくり返さなければわからない。

 でも、それが何のマークなのかは決まっている。



 毎日裏返しのトランプが渡される。

 毎日一所懸命裏返して何のマークなのか知る人もいるし、裏返すことなくそのままにしておく人もいる。



 何のマークか知った人はそれを喜んだりするけれど、知らなくても何も困ることはない。

 ハートかスペードか知ったところで何の意味もない。

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バラエティ

 バラエティ番組というのが、正確にどういう意味なのか分からないけど、どういうものかは大体分かる。

 こないだのオリンピックの2016年大会を決める総会の中継は、まさにバラエティ番組だった。

 ちょっと前に流行った「なになにの品格」というのも、バラエティ。

 民放のニュースもバラエティ。最近ではNHKの番組も、みんなバラエティ。

 ついに、ノーベル平和賞もバラエティになってしまった。

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2009年10月09日

病院

 母が病気になり今日も様子を見に行った。姉が病院についていって検査をしたら、入院しなくてよかったらしい。

 安心して横浜で用をたしていたら携帯電話がなり、母が急に高熱を出して具合が悪くなり、入院するという。家人と車で母の家に向かった。

 母は歩けない状態で、姉と母を抱えトイレに行かせてから、病院へ向かう。



 夜の病院は、前にもこうやってきたことがあった。

 車いすに乗った母の後からついていくと、前にも来たことのある廊下だった。

 ナースステーションにおじいさんが一人座っている。前にもこういう情景を見たことがある。

 ナースステーションの前の部屋に以前母が入っていたことがある。いつだったか手術をした晩のことだ。



 久しぶりのこの病院だったけど、なんの違和感もなく廊下を歩いていた。

 母は個室に入ったが、ごく自然にいっしょにみんなでその部屋にいられた。

 何の違和感もなくごく自然に夜の病院にいる。

 とても気持ちが安らいだ。

 そのまま目をつぶって眠ってしまいたかった。

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2009年10月08日

五輪

 東京は五輪の招聘に敗れた。多くの要因がそこにはあるのだろう。


 自民党は先の選挙で敗れた。そこにも多くの要因があるのだろう。

 河野太郎が言っていた「いてはいけない人たち」の中には、当然森元首相も入っていただろう。

 自民党に票を入れなかった人の中には、「あの森元首相が、また何か後ろでやっている」と感じて、それに嫌気がさした人が多かったのではないか。

 そして、五輪で東京が敗れて石原東京都知事が総会場を去るとき、乗ろうとするワゴン車の中には、またもや森元首相がいた。

 「ああ、ここにも、またいる」と、きっと多くの人が思っただろう。



 石原都知事の発言には、多くの人が不快感を感じている。

 その内容もさることながら、その不遜な態度に不快感を感じている。

 もしかしたら、石原氏の実体はとても良い人で、は有能な知事なのかもしれない。また森元首相もその実体は人の良い好好爺なのかもしれない。


 しかし、メディアを通してみる森元首相は「なにか後ろであやつっている古い人」で、石原都知事は「芸術家と自ら言いながら、言葉のセンスのない不遜な態度をとる男」である。

 そして、多くの人は、メディアに出てくる姿、あるいは公の場に出てくる姿で、その人を判断する。



 もし僕が投票権を持っていたとして、ずっと石原東京都知事を見てきた身としては、彼が東京に五輪をと演説しても、投票する気にはなれない。いままでの、あの不遜な態度を知っているから。

 また、森元首相が五輪の招致委員会に関係していると知ったら、なおさら東京に投票する気にはなれない。総裁選での彼の動きを知っているから。



 いろいろな要因はあろうが、なるべくして東京は落選したと思う。

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2009年10月07日

 耳鼻科へ行った。

 まだ、左の耳が詰まった感じがするというと、また、細い管でごそごそ吸い取る。

 ウッと痛そうな顔をしたら、鼓膜に触れてるからねえと言う。そうか、鼓膜の表面を掃除しているわけね。詰まった感じはスッキリした。

 聴力検査をしましょうと言うことになって、防音室に入って音が聞こえたらボタンを押す検査をする。どうも、左の耳が聞こえない気がする。

 そのあと、同じ音を、右と左で聞かされて、どうですかと言う。左が小さく聞こえる。

 鼓膜の検査をして、また先生の所に戻る。



 黙って検査結果を見ていた先生は、「聴力検査は問題なし、良かったですね! 年相応! 僕もそうですよ」と言う。「薬まだあるでしょ。飲み終わって、点耳していれば治ります!」とのとこ。

 この先生は必ず「治す」。気迫がある。



 左の耳は聞こえが悪い。これは事実。で、「問題なし!」も事実。「治る!」のも、まあ事実か。

 で、「問題なし!」、「問題なし!」を繰り返して、だんだん死んでいくのだろう。

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